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最高裁判所第三小法廷 平成10年(許)4号 決定 1998年12月18日

抗告人

エヤー・工販株式会社破産管財人

真鍋能久

相手方

商船三井興業株式会社

右代表者代表取締役

髙田政明

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人の抗告理由について

動産の買主がこれを他に転売することによって取得した売買代金債権は、当該動産に代わるものとして動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使の対象となる(民法三〇四条)。これに対し、動産の買主がこれを用いて請負工事を行ったことによって取得する請負代金債権は、仕事の完成のために用いられた材料や労力等に対する対価をすべて包含するものであるから、当然にはその一部が右動産の転売による代金債権に相当するものということはできない。したがって、請負工事に用いられた動産の売主は、原則として、請負人が注文者に対して有する請負代金債権に対して動産売買の先取特権に基づく物上代位権を行使することができないが、請負代金全体に占める当該動産の価額の割合や請負契約における請負人の債務の内容等に照らして請負代金債権の全部又は一部を右動産の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情がある場合には、右部分の請負代金債権に対して右物上代位権を行使することができると解するのが相当である。

これを本件について見ると、記録によれば、破産者エヤー・工販株式会社は、申立外松下電子部品株式会社からターボコンプレッサー(TX―二一〇キロワット型)の設置工事を代金二〇八〇万円で請け負い、右債務の履行のために代金一五七五万円で右機械を相手方に発注し、相手方は破産会社の指示に基づいて右機械を申立外会社に引き渡したものであり、また、右工事の見積書によれば、二〇八〇万円の請負代金のうち一七四〇万円は右機械の代金に相当することが明らかである。右の事実関係の下においては、右の請負代金債権を相手方が破産会社に売り渡した右機械の転売による代金債権と同視するに足りる特段の事情があるということができ、申立外会社が仮差押命令の第三債務者として右一七四〇万円の一部に相当する一五七五万円を供託したことによって破産会社が取得した供託金還付請求権が相手方の動産売買の先取特権に基づく物上代位権の行使の対象となるとした原審の判断は、正当として是認することができる。右判断は、所論引用の大審院大正二年(オ)第四五号同年七月五日判決・民録一九輯六〇九頁に抵触するものではない。原決定に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信 裁判官元原利文 裁判官金谷利廣)

抗告人の抗告理由

抗告許可申立書記載の抗告理由

一 原決定は、申立外松下電子部品株式会社(以下、「申立外会社」という。)が、大阪地方裁判所平成一〇年(ヨ)第三五九号債権仮差押命令申立事件によって破産者に対して負担する債務を仮差押されたため、第三債務者に供託した供託金還付請求権に対する物上代位を認めた平成一〇年(ナ)第二九〇号債権差押命令を追認した。

ところで、上記供託金は、破産者と申立外会社との間の工事請負契約に基づく請負工事代金が供託されたものであるから(疎乙第一号証)、結局のところ原決定は請負代金債権に対する動産売買に基づく先取特権に基づく物上代位を認めたものである。

二 しかしながら、そのような解釈は、大審院大正二年七月五日判決(民録一九輯六〇九頁)に明確に違反している。

民法三〇四条は、物上代位の対象を「目的物の売却、賃貸、滅失又は毀損によりて債務者が受くべき金銭」と規定しているところ、請負が「売却」に当たらないことは明らかである。また、同判決も指摘するように、「滅失によりて債務者が受くべき金銭」とは損害賠償金や保険金等のようにその目的物を直接代表するもの示すものであるところ、請負代金は工事の完成に要する一切の労務材料等に対する報酬を包含するものであって、単純に供給された材料を直接代表するものではないから、これにも当たらないことは明白である。

三 戦後の下級審判例においても、大阪高決昭和五九年七月一六日判タ五三一号一六〇頁、大阪高決昭和六〇年一〇月二日判タ五八三号九五頁、東京地決昭和六一年九月一〇日判時一二一〇号六五頁、大阪高決昭和六一年九月一六日判タ六二四号一七六頁、仙台高決昭和六一年一〇月二〇日判時一二一六号八四頁、東京地判昭和六一年一一月二〇日判時一二五〇号五二頁等、請負代金に対する物上代位について消極的立場をとる判例が主流を占めている。

判例の中には、特段の事情がある場合に例外的に請負代金に対する物上代位を肯定する場合があることに言及するものもあるが、あくまで消極説に立った上での議論であってその解釈は相当厳格になされている。

四 本件工事は、単なる洗濯機やクーラーの設置工事とは異なり、相当な労力を要する配管工事が必要なのであって、おって申立理由補充書をもって補充する予定であるが、上記判例の流れからしても、原決定が指摘する請負代金総額金二〇八〇万円のうち金一七四〇万円が機械代金に相当するという一事をもって特段の事情があるということは到底できない。

五 以上、述べたとおり、原決定は大審院判例に違反しているうえ、その判断内容に民法三〇四条の解釈に関する重要な事項を含んでいることは明らかであるから、最高裁判所に対する抗告を許可されたく、本申立に及ぶ次第である。

平成一〇年七月三一日付け抗告許可申立理由補充書記載の抗告理由

第一点

一 原決定が、結局のところ破産者の申立外松下電子部品株式会社(以下、「申立外会社」という。)に対する請負代金債権に対し動産売買に基づく先取特権に基づく物上代位を認めたものであることは、既に述べたとおりである。

二 この点に関する最高裁判例は見当たらないが、大審院大正二年七月五日判決(民録一九輯六〇九頁)は、民法三〇四条が、先取特権の効力の及ぶ範囲を拡張して目的たる物の売買代金、賃貸の対価、滅失毀損に因って生じた損害賠償金等の如き「其の目的物の全部又は一部に代わりたるものの上にその効力を及ぼしたる法意」であることは明白であって、「その目的物の処分の為に債務者が受くべき金銭債権といえども単純にその目的物の全部又は一部を直接代表せざるものには其の効力及ばざるものと解せざるを得ず」と判示し、請負代金については、仕事完成のために請負人から材料を供する場合には売買契約に酷似することがあり一概に論ずることはできない、との留保を設けつつも、原則的には「建築工事の完成に要する一切の労務材料等に対する報酬を包含するものにして単純に……(材料)……のみを直接代表するものということを得ず」、「(材料に対し有していた先取)特権は、右請負契約に因りて(請負人)が(施主)より受くべき報酬金に対してこれを行うことを得ざるものとなすを相当とす」と判示している。

三 上記判例を受けて、戦後の下級審判例においても、例えば大阪高決昭和五九年七月一六日判タ五三一号一六〇頁は、印刷用紙の上にチラシを印刷した印刷加工代金に対し、印刷用紙代金債権を被担保債権とする物上代位による差押命令の申立を却下しており、また、大阪高決昭和六一年九月一六日判タ六二四号一七六頁は、空調工事請負代金に対し、空調室外機売買の代金債権を被担保債権とする物上代位による差押命令の申立を却下している。

さらに東京地判昭和六一年一一月二〇日判時一二五〇号五二頁は、債権者が、債務者において債権者から供給された機械(ラインフィーダー)と別の機械を組み合わせて作成した装置(樹脂缶供給装置)の売却代金に対し物上代位による差押えを求めたという事案において、当該売却代金は、「特段の事情がない限り、これ(製品)を構成する各部品の全部又は一部を直接代表するものということはできず、製品の代金は、部品の価値以外の価値を包含するものというべきであ」り、「この理は、右部品が製品の構成部品であることが特定・識別され、毀損することもなく、容易に分離することができる場合であっても異なるものではないというべきである。」と判示している。

この他、大阪高決昭和六〇年一〇月二日判タ五八三号九五頁、東京地決昭和六一年九月一〇日判時一二一〇号六五頁、仙台高決昭和六一年一〇月二〇日判時一二一六号八四頁等も請負代金債権に対する先取特権に基づく物上代位を否定しており、以上の状況に鑑みると、判例の主流は請負代金に対する物上代位について原則として消極的立場をとり、債権者から特段の事情について立証がなされた場合に限って例外的に請負代金に対する物上代位を肯定する余地を認めていると解され、その「特段の事情」の認定は相当厳格になされていると解することができる。

四 本件請負工事は、金額面ではターボコンプレッサーの金額がかなりの割合を占めるものであることは原決定も指摘するとおりであるが、その内容は、松下電子部品株式会社のコンデンサ事業部の工場内に同工場で使用するターボコンプレッサーを設置するとともに所要の周辺装置を結合・設置し、全体として工場での使用に耐えるよう調整するというものであって、単にターボコンプレッサーをその場に設置する程度で済まされるものではない。従って、本件請負工事の性格はむしろ全体として工場設備を新設するものであって、ターボコンプレッサーは当該設備の一部品をなすものと解するべきであり、その代金債権はターボコンプレッサーの売買代金とは性質が異なるものである。

この点、確かに見積書においてはターボコンプレッサーの代金とその余の工事代金が分けて記載されているが、およそいかなる請負工事においても、見積書は部材の価格と単位工事当たりの施行費用に分けて記載されているのが通例であって、このことをもって分離特定が可能というのであれば、全ての請負工事において当該部材相当額について物上代位が認められることになるのであって、かかる結論が上記大審院判例を始めとするこれまでの判例(特に上記東京地判昭和六一年一一月二〇日判時一二五〇号五二頁)の趣旨に適合しないことは明らかである。

このように、本件請負代金は上記判例にいう「単純にその目的物の全部又は一部を直接代表するもの」に当たらないことは明らかであり、物上代位の対象となるものではない。

五 ちなみに、請負代金債権に対する物上代位を認めた判例としては、東京高裁昭和五九年一〇月三日決定判時一一三四号八五頁、福岡高裁平成八年一一月一八日判時一五九九号九四頁があるが、前者は組み立て式ユニットバスの組み立て設置工事に関するものであり、本件とは工事の規模も金額も全く異なるものであり、後者についても、アルミサッシ及びスチールドアの取付工事に関するもので、しかもその取付工事を債権者が行ったというきわめて特殊な事案に関するものであって、本件事案に適用できるものではないことは明らかである(福岡高裁の事例に関する囲み記事内の解説によれば、「債権者・債務者間の売買代金に占める取付費の割合については……付随性の根拠の一つとして述べているにすぎないものと考えられ、労務の価値が右の程度の割合にとどまれば請負代金への先取特権に基づく物上代位の行使が可能であるとの判示をしたものではないと思われる」と記載されている。)。

第二点、第三点 <以下省略>

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